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ポテチの好きな映画についてと感想

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Le Notti Di Cabiria 1957

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フェデリコ・フェリーニ監督作品「カビリアの夜」について

ローマの町外れに住む娼婦カビリアは、男運に恵まれていない。
恋人だと思っていた男性に金を奪われたあげく、
川に突き落とされて溺れかける。
有名な映画スターに拾われ、
夢のような生活を垣間見るものの結局は捨てられる。
幾度となくこんなことを繰り返してきたが、
何度男に裏切られようと、彼女は純粋無垢な心を失わず、
いつか幸せな人生を歩めると信じていた。

そんなある日、
カビリアはふらりと入った見せ物小屋で奇術の実験台になり
催眠術をかけられ、
架空の人物・オスカルを相手に自分のことを語る。
その帰り道、なんとオスカルという男が現れてカビリアに求婚する。
彼女は、ついに夢がかなうと持参金を抱えて、
彼のもとへ走っていく....

http://file.satyricon.ni-moe.com/cabiria2.jpg

何をやってもうまくいかない時期はいつでも起こるものです。
いくら要領よくできる人でもどうしようもない時はあります。

でもこの映画のヒロイン、娼婦カビリアさんは悪過ぎ。
男にまつわる運がこの映画で見る限り、
とてつもなく悪いかわいそうな女性。
何度も何度も男に裏切られるのですが、
彼女は純粋無垢な心を失わない。
いつかは「きっと幸せな人生を歩める」と信じているから。
そして運命の男らしきが登場。
「もしかしてこの人かも〜っ!!」
しかし、その彼の仕打ちが最大級に残酷で、
カビリアさんに感情移入した私ももうボロボロ。

打ちひしがれて歩く夜道のカビリアさん。
そこでお祭りに向かう楽しげな人たちの雰囲気によって
少しずつ取り戻していく。
最後には素晴らしい笑顔をみせて力強く歩いていきます。

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明るい希望を感じさせてくれるこのシーン。
なんともいえない不思議な感動いっぱい溢れまくりでもう大変です。

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Fellini Satyricon 1970

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フェデリコ・フェリーニ監督作品「サテリコン」について

紀元前の古代ローマ。
世は頽廃の極に達し、人々はただ快楽を求め、快楽に溺れていた。
学生の美青年エンコルピオと美青年アシルトも、
獣のように快楽を求め、冒険に身を投げ出していた。
2人は友人であり、美少年ジトンをめぐっての恋仇でもあった。
そして、アシルトにジトンを奪われ、絶望したエンコルピオは、
酒池肉林の宴である富豪トリマルキオの宴会にでかけた。
そこには、このローマ市民の頽廃の代表的な光景が、ぶかっこうに展開され、
トリマルキオの淫蕩な妻フォルチュナタも、女友達と戯れていた。
その狂乱の中からエンコルピオは、
老詩人エモルポを救い、2人は知人となった。

翌朝、エンコルピオは、アシルトやジトンとともに、少年狩りにひっかかり、
貴族リーカの軍船に奴隷として運ばれた。
ちょっとしたきっかけで、リーカはエンコルピオを愛し、
彼と結婚の儀式をあげた。
(ちなみに花嫁役がマッチョなリーカ)
この頃、若き皇帝が暗殺された影響で、
粛清軍隊が貴族を襲い、リーカも殺された。
それを彼の寵姫トリファエナは、冷然とみていた。
エンコルピオとアシルトはやがて釈放された。

爛熟したローマは、ようやくその崩壊のきしみをはじめたが、
2人の学生には関係なかった。
彼等は、色情狂の夫人を慰め、
金儲けのため、両性有具の生神様を誘拐したりした。
そうした時、エンコルピオは突然、闘技に狩り出され、
ミノタウルスの男と戦うはめに。
命は助かったものの、その彼に気に入られて、
ある意味、凄まじく一方的に愛された後、
あまりの激しさに精魂つきたエンコルピオは性的不能に陥ってしまった。
彼を侮蔑の淵から救い出したのは、いつの間にか愛するアシルトと、
今は富を握ったエモルポであった。
女魔術師エノテアによって、エンコルピオは回復したが、
その時には、アシルトは盗賊に襲われ、殺されていた。

エジブトへ船出するというエモルポをエンコルピオが訪れると
彼もまた死んでしまい、
遺書に「財産相続を願うものは、我が屍肉を食え」と書いてあった。
若い船長と共に船出しながら、
人間が人間の肉をくらう異様な光景をみていたエンコルピオは、
静かに笑い出し、やがてそれは、すべてを否と諾の呪縛から解き放つような、
壮大な笑いにかわっていった....そんな物語。

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私がとても気になるのが、宴会中、ずっとカメラ目線の女と、
軍艦で男同士の結婚の際、
ゴッツいマッチョな親父の方が花嫁役になるとこと、
被り物を取ったミノタウルスの男があまりに格好好すぎだったので、
これでは仕方がないとか、
そして最後、主人公が船に乗って旅立つ姿が、
「ロード・オブ・ザ・リング」の疲れきった主人公が最後、
エルフの船に乗っていく姿と同じで
「死ぬ」とは違うけど、
この世とは違う世界に逃げるようにいってしまう感じが、
とても切なくて、ただ切なくて....

The Road/La Strada 1954

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フェデリコ・フェリーニ監督作品「道」について

粗野で自分勝手な男・ザンパノと
純真無垢で頭の弱い女ジェルソミーナの物語。
暴力を振るわれたり、他の女と寝るために置いてけぼりにされたり、
いろいろこき使われながらも、ジェルソミーナは素直に従って着いていく。

時折、彼女は、
「私は何をしているのだろう。何をやっても彼にはダメだしされるし、
 もしかしたら私の生きている価値なんて無いのではないか」
と落ち込むのですが、
神の使いの様な綱渡り芸人に、
「どんな物でも何かの役に立っている。
 この石ころだってね。君の存在は彼の役に立っている」
そう諭され、また素敵な笑顔を取り戻す。

ある日、とある諍いの仕返しにザンパノは綱渡り芸人を撲殺してしまって、
それを見ていたジェルソミーナはショックのあまり放心状態、狂ってしまう。
手に負えなくなったザンパノは彼女を浜辺に捨て去るのでした。

数年後、ザンパノが浜辺の町を歩いていると、耳慣れた歌を耳にする。
歌っていた洗濯女に彼が尋ねると、
ジェルソミーナと思われる女の人が、しばらくその海岸を放浪した後、
誰にも省みられることなく死んでいったという。
それはジェルソミーナがよくラッパで吹いていた曲だった。

その晩、酒に溺れつつ、ふらふらと暗い浜辺にやってきたザンパノは、
どんなに彼女が自分にとって必要な存在だったかを思い知らされながら、
絶望的な孤独感と己の無力さに打ちのめされ、
関を切るように号泣するのでした。
絶望的な孤独感。
罪の意識もさることながら、なんという空しい発見なんだろう。
重荷でなく、取り除いて軽くしてしまった。
絶望的な孤独感。
もう彼は一生憑いて廻ることになるだろう。
そんな業に対して私は、ただ悲しい。
そしてジェルソミーナの健気な姿が思い出され、
涙が止めどなく溢れてどうしようもなくなるのでした。

http://file.satyricon.ni-moe.com/La_Strada2.jpg

「ジェルソミーナ」のジュリエッタ・マシーナと
「ザンパノ」のアンソニー・クイン。
2人の名演技に賛辞を贈りたい。
そして主題歌「ジェルソミーナのテーマ」を手がけた
作曲家のニーノ・ロータ、
なにより、監督のフェデリコ・フェリーニ。
この作品に出会えたことは人生において多大なる喜びである。
もう、それに尽きます。



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