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ポテチの好きな映画についてと感想

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Tron: Legacy 2010

http://file.satyricon.ni-moe.com/Tron-Legacy4.jpg

ジョセフ・コシンスキー監督作品「トロン:レガシー」について

エンコム社の最高経営責任者となったケヴィン・フリンが
謎の失踪を遂げてから20年あまり。
27歳に成長した息子・サムは、エンコムの筆頭株主でありながら、
父に捨てられたという思いから、その経営に関わろうとしなかった。

ある日、父の親友で親代わりであるアランが
父から謎のメッセージを受け取ったことを告知。
手がかりを求めて父の経営していたゲームセンター跡を訪れたサムは、
起動していた物質電子変換装置によって、
コンピューター内部世界「グリッド」へと送り込まれてしまう。
”はぐれプログラム" と間違われたサムは捕まり、トロン・シティへと連行、
不要なプログラムや脱走者を抹消するべくの
「ゲーム」への参加を強制させられる。

http://file.satyricon.ni-moe.com/Tron-Legacy1.jpg

戦いの最中、サムがプログラムではなく、
ユーザー(人間)であることを知られると、
彼の前に若い頃の父と瓜二つの容姿を持つ
この世界の支配者・クルーが現れる。
混乱するサムをよそに、クルーは自らの手でケヴィンを処刑するため、
別の「ゲーム」を決行。
彼は持ち前のバイク乗りの腕を生かし、
他のプログラム達と協力して戦うも、窮地に立たされた時、
そこに現れた謎の美しい娘・クオラに救助され、トロン・シティを脱出。
都市から遠く離れた家に足を踏み入れると、
そこには失踪した父・ケヴィンがいた。
再会を果たし涙するサムにケヴィンは過去の出来事を語り始める。

ケヴィンはこの世界での英雄となった "トロン" と、
新たに自らの姿を元に作ったプログラムである "クルー" の3人で、
グリッド世界を理想郷に変えようとしていたが、
ある日、グリッドに突如デジタル生命体が誕生した。
アイソー(ISO、同型アルゴリズム)と名付けられた彼らの存在は、
ケヴィンの価値観を変え、そこに新たな人類の未来を見出すことに。
ケヴィンはアイソーたちを現実世界に送る準備を進めたが、
「完璧な世界の創造」をプログラムされたクルーは
彼らを「完璧でない」とみなし、
クーデターを起こし、アイソーたちを虐殺した。
トロンの犠牲によってケヴィンは逃げ延びたものの、それ以来、
現世界に戻れなくなったケヴィンは、
アイソーの唯一の生き残りであるクオラと共に
グリッドの荒野で隠遁生活を送っていたのであった。

http://file.satyricon.ni-moe.com/Tron-Legacy2.jpg
http://file.satyricon.ni-moe.com/Tron-Legacy3.jpg

サムは父を連れて現実世界に戻ろうとするも、
ここに来た経緯を聞いたケヴィンはそれがクルーの罠であることに気付く。
グリッド世界と現実世界を結ぶ出入り口の「ポータル」は、
現実世界からのみ開けることができ、
そこを通過するにはマスターキーである
ケヴィンの「アイデンティティ・ディスク」が必要。
クルーは「完璧でない」現実世界への侵攻のために
サムをおびき寄せたのだった。
クルーはケヴィンと再融合をすれば消滅するが、
それは同時にケヴィンの死も意味していた。
ケヴィンはクルーの野望を阻止するためこの世界に骨を埋めようとするも、
サムは父との帰還を望み、
クオラの手を借りてレジスタンスのリーダー・ズースに会いに行く。
サムとクオラは、クラブ「エンド・オブ・ライン」に
"キャスター" と名を変えて潜んでいた彼に会うことが出来たものの、
ズースはすでにクルー側に寝返っていた。

サムの元にケヴィンとクオラが助けに現れるも、
ケヴィンのディスクが奪われ、クオラも重症を負ってしまう。
クルーによってプログラムを変えられ、
"リンズラー"  と名を変えたトロンの出現。
着々と現実世界への侵攻の準備を進めクルー。
そんな窮地の中、サムたちはケヴィンのディスクを取り戻し、
現実世界への出口であるポータルへと辿り着くことができるのか!?

http://file.satyricon.ni-moe.com/Tron-Legacy5.jpg

コンピューター・システムの難しい用語がたくさん出てくるところや、
"グリッド" という世界観が、私がもの凄くハマった映画「マトリックス」と
かなりシンクロしていて、
とても興味深く鑑賞しましたところ、
こちらの方がとても分かりやすくて単純に楽しめました。
そして、音楽がダフト・パンクというのが、
よりデジタル感が良い意味でとても合っていて、
美しすぎるデジタルな街並も圧巻でしたけど、
ゲームバトルの場面は凄く格好好くで、いつ間にか入り込んでました。

それにしても、映画「インディ・ジョーンズ/最後の聖戦」でもそうでしたが、
溝ができた父と息子が同じ興味あることを通じて、
息子が父を理解して和解するといったパターンは、
割とアメリカ映画では王道ですね。
それだけ、私が思っている以上に問題視されているということなのでしょうか。

あと、和的テイストって外国にとって、
そんなに近未来な感じに思えるのでしょうか。
ケヴィンが着ていた着物の様な服とか禅とか出てきましたけど、
他の映画にも「スター・ウォーズ」とか「M-MEN」などなど、
そういうのが出る度に不思議に思う反面、
日本人としてちょっと誇らしいなと思ってしまいます。
着物はともかく、禅の思想なんてチンプンカンプンですけど。

そして、オクラの存在、
難解な数式などの問題を最適化するプログラム(アルゴリズム)が
人間の形に具現化したものとありましたが、
その者たちや人間同様に "完璧" と見なさないクルーは
何をもって完璧を見出しているのか、
その線引きがちょっと気になりました。
しかし、美しい光のラインが巧妙に置かれた
このコンピューターの世界は確かに、
ある意味 "完璧" でとても素敵でしたけど、
ここで生活するという気にはなれないかも。

しかし良かれ悪かれ、この映画にハマったのは確かです。
この独特な映像美は一見の価値有りということで、
お薦めいたします。


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