2010/07/28 Category : アン・リー Brokeback Mountain 2005 アン・リー監督作品の「ブロークバック・マウンテン」について 1963年夏、ワイオミング州ブロークバック・マウンテン山中での 羊の放牧の季節労働者として、 牧場手伝いのイニスとロデオ乗りのジャックが雇われた。 2人は過酷な労働の中友情を深めていったが、ある夜、 ジャックがイニスに誘いをかけ一線を越えてしまう。 契約の終了後、2人ははっきりと再会の約束をしないまま別れ、 その年の秋にイニスは婚約者のアルマと結婚し、 やがて彼は娘の父親になる。 一方、ジャックは再会を期待して翌年も ブロークバック・マウンテンでの仕事を求めるが、 仕事を断られた上、イニスが来ていないことを知る。 失意のジャックはテキサスに流れ着き、 そこでロデオ・クイーンのラリーンと結婚。 彼女の父親の会社で働くようになった。 4年後、ジャックがイニスの元を訪ね、2人は再会するが、 アパートの影で情熱的なキスを交わす様子をアルマに目撃されていた。 イニスはアルマに気づかれたことを知らずに釣りと偽ってジャックと出かけ、 数日間をかつてのように2人きりで過ごす。 そこでジャックはイニスに、小さな牧場を持って 一緒に暮らさないかと持ちかける。 しかし、イニスは、彼が少年時代に目撃した同性愛者の虐殺の様子を語り、 拒絶する。 また、彼には自分の家族を捨てるつもりはなかった。 それから彼らは年に数度、人里はなれた山中で逢瀬を楽しむようになった。 ジャックは順調に家庭で地位を築いていったが、 イニスは溝が深まっていた妻に離婚され惨めな生活を送っていた。 ある時ジャックが養育費の支払いのために忙しく なかなか会えないイニスを非難し、 2人の間で口論が起きる。 イニスはジャックとの関係が人生を狂わせたと言って苦悩を明かす。 ジャックはイニスを抱きしめようとする。 2人はしばし掴み合うが、 最後にはしっかりと抱きしめあった。 ある日、イニスがジャックに出した葉書が 「死亡」のスタンプを押されて返送されてくる。 イニスはラリーンに電話をかけ、ジャックが事故で死んだことを知るが、 ラリーンから聞かされた痛ましい死の様子に思わず、 彼が虐殺される様子を想像する。 そして、ジャックが遺灰をブロークバック・マウンテンに撒かれることを 望んでいたと知り、彼の両親に会いに行く。 そこでイニスは、かつてブロークバック・マウンテンでなくしたと思っていた 彼のシャツを見つける。 イニスのシャツはジャックのシャツに包みこまれるように掛けられ、 ジャックのシャツにも昔ブロークバック・マウンテンでの 喧嘩でついたと思われる血の染みがあった。 イニスは2着のシャツを手に取って残り香を嗅ぎ静かに泣いた。 トレーラーハウスで一人暮らすイニスのもとに19歳になった 娘・アルマ・ジュニアが結婚の報告に訪れた。 イニスは恋人と愛し合っているという娘を祝福し、 彼女の結婚式に行くことを約束する。 一人になったイニスは、クローゼットに飾っている ブロークバック・マウンテンの絵葉書と 彼の家から持ち帰った思い出のシャツを見つめ、 永遠の愛を誓う。 時代背景さながらにして、ゲイの男をなぶり殺した父に見せられたある記憶、 男はこう、あるべきでなくてはいけないという暗黙の了解、宗教の規律など。 そんな諸々な障害なんか吹き飛ばして、正直に生きようとしたいけど、 結局、怖くてできないからごまかすことを選んで、 より最悪な結果になってしまった物語。 はじめ観て、途中でもう耐えられなくなり、 しばらくしてから再び観た映画です。 似たことが身近で起こっただけに、思い出してしまって悲しいというか、 もう感情が....とか、そういう問題に収まれないくらい辛い辛いのですが、 最近、冷静に観ることができ、改めて、嗚呼、 ヤバくていい映画だなと思ったのでした。 忘れられないイニースの台詞 「どんどんひどくなって行く。 お前のことを忘れられたらどんなにいいか。 会えないことがもう耐えられなくなってきているんだ。」 ....なんだかんだ、それでもこの時代と比べたら、 とても広がったと思います。 PR
2010/07/19 Category : ア行 Love Is the Devil: Study for a Portrait of Francis Bacon 1998 ジョン・メイプリィ監督作品「愛の悪魔」について 物語は1971年にフランスで開かれた、 画家フランシス・ベイコンの大回顧展からはじまる。 オープニングで彼が賞賛の拍手を浴びているちょうど同じ頃、 ホテルの部屋では彼の恋人兼モデルのジョージ・ダイアーが 薬と酒の大量摂取で瀕死の状態に。 ふたりが初めて出会ったのは、 彼のアトリエにジョージが泥棒として忍び込んだ時。 侵入の現場を取り押さえた彼は、そのままベッドに誘って愛し合い ....2人は恋人同士になった。 年齢も育ってきた環境も違う2人は、恋人同士であると同時に、 父親と子供のような関係。 ベイコンはジョージから想像へのインスピレーションを受け取り、 その見返りとして、ジョージの保護者として振る舞う。 彼に連れられて、彼の友人たちのサロンにも顔を出すようになるが、 その雰囲気はあまりに世界の違う耐え難いものだった。 ジョージはより密接に、彼個人と強く結びついていくのだが、 「ベイコン」という強力な個性に接近すると、 ジョージは自分のアイデンティティを保てない。 彼は徐々に、薬とアルコールに溺れるようになって破滅の方向へ。 そして.... 強力な個性を持つ表現者に着いていくことは、ある意味、 それを上回る強い自我を持ち合わせて見守れる、 もしくはその流れに合わせて共に漂うことができるかしないと、 大変この上ない。 しかも愛が絡むなんて。 あんな強力でクセのある絵を描くことができる フランシス・ベイコン相手では.... ブラックホールがそこにあって、 自分から感情や考え方など生まれるたびに取り込まれ、 常に抜け殻の孤立状態、 しかも直球ストレートな愛の呪縛で逃げることも考えられない。 ....ストⅡの対戦でハメ技食らって、 なんとか抜け出せないか我武者らにしてみるものの、 どうにでもならずして、諦めて席を立つみたいな、 なんだか高校時代を思い出しましたけど、 ま、粘着度がちょっと違うかな。 それにしても、この映画音楽の坂本龍一氏の世界観には圧倒されます。
2010/07/19 Category : サ行 The Sixth Sense 1999 M・ナイト・シャマラン監督作品「シックス・センス」について マルコム・クロウは、第一線で活躍する小児精神科医で、 多くの子供を心の病から救ってきた。 あるとき、マルコムのもとに10年前の少年期にカウンセリングを施した ビンセントという青年が現れ、「自分を救ってくれなかった」となじられ、 銃で撃たれてしまう。そして直後、彼が目の前で自殺したことで、 実はビンセントを救えていなかったことを思い知らされる。 1年後、マルコムと彼の妻との間には隔たりが生まれていた。 妻は別の男とささやかな愛情を育み、 それに反して自分は省みられずに苛立つ日々が続き、 自信を失ったマルコムは苦悩と悲しみに暮れていた。 そんな中、マルコムはビンセントに良く似た少年、 コール・シアーを担当することになる。 コールを救うことができれば、ビンセントを救えなかった自分をも救えるかも。 必死になって受け入れて貰おうとするマルコムに、コールはやがて心を開き、 隠していた秘密を打ち明ける。 コールには、死者が見えてしまう「第六感(霊感)」があり、 ずっと怯え続けていたのだ。 この能力のために、 コールは学校中の生徒や教師からは「化け物」と異端児扱いされ、 事情を知らない母親ともすれ違い、うまくいかなくなっていた。 当初は懐疑的だったマルコムも、やがてコールの言葉を受け入れるようになり、 死者がコールの前に現れる理由を共に探り始めるようになる。 この主人公が言うように、幽霊って何かしら目的を持って、 普通に生きているように存在しているのが主だと思いきや、 ただそれを把握していない困ったのも居て、 どうしていいのか分からないまま、 ずっとフラフラして漂うのみの者。なんだか気の毒でなりません。 終わりがなく、好転することなくそのままキープだなんて、 考えただけでも恐ろしい。 霊感少年と小児科医は出会えて、お互い脱することができて、 良かったなと思います。 ただ、個人的に小児科医の元妻の店で働く若い男がどうも胡散臭い気がして.... 元妻と好い感じになったその男と寝たとたん、 豹変、実は連続猟奇殺人犯であった。 のちのち暴力的になって殺されそうになるところを、 小児科医が羽交い締めて、 ある程度に力をコントロールできるようになった霊感少年が、 法力みたいな力でガツンとやっつけ、地獄に堕とすといった 連係プレイで元妻救われるみたいな、 映画「ゴースト」よろしく、 ちょっとありかなと思ったのでした。