2011/03/29 Category : 日本映画 その男、凶暴につき 1989 北野武監督作品「その男、凶暴につき」について 首都圏にある某都市に住む一匹狼の刑事・我妻諒介は、 犯罪者を追い詰めるためには暴力の行使も辞さない凶暴なるがゆえに 署内から異端視されていた。 その行き過ぎた捜査と粗暴な性格から、 勤務する署内でも危険人物として敬遠されていた。 警察という組織にあって浮いた存在の我妻だったが、 自身を理解してくれる数少ない同僚と他愛もない冗談を言い、 ある時は酒を酌み交わし、完全な孤立は辛うじて免れていた。 そんなある日、港で麻薬売人の惨殺死体が発見される。 我妻は新人の菊池を引き連れて事件の捜査を開始し、 容疑者への殴る蹴るの暴行すら厭わない強硬な手段で 次々と犯行グループの全貌を暴いていく。 そして、覚醒剤を密売する組織の首謀者として暗躍する実業家の仁藤、 その手下で殺し屋の清弘の存在をつきとめた。 だがその中で我妻は、あってはならない驚愕の事実にも辿り着いてしまう。 麻薬を横流ししていたのは、諒介の親友で防犯課係長の岩城だったからだ。 やがて岩城も口封じのため、自殺に見せかけて殺されてしまう。 一方、清弘の仲間たちは知恵遅れの少女を我妻の妹と知らず、 シャブ漬けにして輪姦する。 我妻は刑事を辞めて、岩城の復讐のために仁藤を撃ち殺した。 さらに清弘もアジトで射殺するが、 その死体にすがるのは変わり果てた妹・灯の姿だった。 それから静かに、我妻は最愛の妹にも引き金をひいたのだった。 その時、背後から忍び寄った仁藤の部下・新開が我妻を射殺。 最後は我妻の部下であった菊地に岩城の代わりをさせ、 何事もなかったかのように、麻薬の密売を引き継いでいくのだった。 老いたホームレスを集団で殴る蹴るの暴力をするチーマーたち。 そのチーマーを家までつけ、家の中で殴る蹴るして自白させる刑事・我妻。 暴力には暴力でというのには賛同出来ないはずなのに、 どういうわけか、凄く気持ちがすっきりしてしまった場面から始まる物語。 人をビルから落としたり、ナイフで何度も人を刺したり、強姦したり、 最後はピストルで続けざまに射殺していく展開へと、 これでもかという感じで暴力を軸にして進んで行くのですが、 この時代にはこれはありなのかなと思わせてしまう危険な魅力が漂います。 最後、実の妹を射殺する場面、その直前の主人公の醸し出す切なさが 悲しいほど虚ろに凝縮されている目がとても印象的でした。 シャブ漬けになってしまったこんな妹は俺の本当の妹でない。 もう見ているのが辛いし、本人のことも考えて楽にしてやろう。 そんな感じでと言っているようで、射殺。 この最後の暴力には何故だか優しさを感じてしまったのは、 この映画に毒されたからでしょうか。 いろいろな「悪」の見本帳みたいな男の世界の映画。 あまりお勧めしてはいけないような気が凄くする反面、 凄く観てほしいとさせてしまう北野監督の非凡さに感服します。 PR
2011/03/14 Category : サ行 Sam Suffit 1992 ヴィルジニ・テブネ監督作品「サム★サフィ」について バルセロナにて、ストリッパーのエヴァは、 その時に付き合っていた男がドラッグに手を出しているのをきっかけに、 勝手気ままでいい加減な毎日に嫌気がさし、 ある日、見世物小屋の仕事場から逃げ出してしまう。 何かを求めて流れついたブルターニュの海辺の小屋には、 “Sam Suffit"(もう、うんざり)の落書きが。 それを機に「マジメな生活こそ、一番刺激的」だと考えるようになり、 ある日突然、 “普通の生活” をするべく、 パリに戻り、ゲイで絵描きの親友・ピーターの家に転がり込む。 それから住み込みの家政婦の仕事を始めたエヴァ。 やっと落ち着いた勤め先は、 デニス氏とアルベールの風変わりな老年ゲイ・カップルの家。 親切な彼らの勧めで、 彼女は昼間は市役所の窓口係としても働くようになる。 地味な上っぱりを着て勤めに出たり、 税金や社会保険料を収めたりといった “普通の生活" が嬉しくてたまらないエヴァ。 娼婦で親友・シシがエイズ検査で「陽性」と診断され、 「今日からポジティブに生きることにした」という 彼女の生き方を認めはするものの、 今のエヴァには遠い世界のことのように思える。 そのうちエヴァは、普通に母親になりたいと思い始める。 ピーターは、そんなエヴァの変化を不安気になるも 愛しさ故にずっと見守っていたが、 彼女が子供の父親に、彼女が望む平凡な生活から全くかけ離れた イカれたミュージシャンの男を選ぼうとするのを見て許せなくなり、 「僕が父親になる!」と培われた愛が爆発。 エヴァと激しくも甘い一夜を共にする。 ある日、エヴァの部屋を訪れたエージェントは、 税金の納付証書やIDカードなどの書類に額縁をつけ壁に飾ってあるのを見て、 「素晴らしいアート!」と賞讃、個展をプロデュースする。 おふざけアートで一杯の会場の中、エヴァは大きなお腹を抱え、 ピーターと共に幸福そうに微笑むのだった。 自由になった時代にウンザリ気味なエヴァとピーターの「平凡」探しをめぐる、 パリの “原色スケッチ” ともいうべき、一風変わった物語です。 何が今、女の子にとって一番刺激的で大切なことなのか。 90年代に生きる女の子(男の子も)が等身大で描かれています。 この映画を観たら、 誰もが 「エヴァは自分によく似ている」と思うに違いありません。 いつもオシャレで女の子にとって 刺激的なフランス映画を作ってくれる女性の監督、ヴィルジニ・テブネ。 常に若い女性を主人公に、時代の気分を投影しながらパリの持つエスプリを、 色鮮やかな映像美でふんだんに盛り込んでいく、 フランスでも数少ない個性溢れるシネアスト。 「サム★サフィ」ではバルセロナ、パリ、ブルターニュと、 エキゾチックな舞台が楽しめます。 撮影は「ベティ・ブルー/愛の激情の日々」のジャン=フランワ・ロバン。 全編を流れる音楽の数々は世界的なアーティスト、キザイア・ジョーンズで、 最後の方ではエヴァの父親候補の男として出演もしています。 他にもスパニッシュ風味のフレンチ・ポップスで 多くのファンを持つキャシー・クラレやレ・ネグレス・ ヴェルト、 そしてネナ・チェリーなどのカッコいい楽曲を贅沢に使用、 テヴネ一流のファッション、インテリア、会話の掛け合い、そして音楽で 90年代のパリジェンヌの生き方を描くモード・エ・シネマ。 私が一番大好きな映画、超超超必見です。
2011/03/13 Category : 日本映画 Pool 2009 大森美香監督作品「プール」について 4年前、祖母と娘・さよの元を離れ、 母・京子は、タイ・チェンマイの郊外にあるゲストハウスで働き始めた。 そんな母を訪ねて一人、大学卒業を目前に控えたさよは、 チェンマイ国際空港に降り立つ。 迎えに現れたのは母ではなく、母の仕事を手伝う市尾という青年だった。 小さなプールがあるそのゲストハウスにはビーというタイ人の少年と、 不思議な空気感を持つオーナーの菊子がいた。 さよは久々に会った母が、初めて会う人たちと楽しそうに暮らしている姿を どうしても素直に受け入れることができず、戸惑いを感じるのだった。 しかし、行方不明の母親に会いたいと思っているビーや、 彼の母探しを手伝うがなかなかうまくいかない市尾、 そして余命宣告を受けている菊子たちと接するうちに、 さよは段々と心が開いていくのを感じ始めていた。 4日目の夜、さよは、どうして自分を残してタイに行ってしまったのか、 ずっと聞きたかった気持ちを素直に京子にぶつけてみる。 キラキラ光るプールの水面に映るそれぞれの風景。 好きな場所に住み、自由に生きている人たちとの素朴な心の交流の中で、 やがて日本に帰るさよの思いはゆっくりと変わっていくのだった。 タイ・チェンマイを舞台に、 それぞれの事情を抱えた5人の男女の6日間の人間模様を描く、 人と場所の不思議な関係性がテーマの作品。 この作品で登場する「プール」や「食卓」は、 人が触れう団欒の場として描かれています。 訳ありで離ればなれに暮らしてきた親子。 母の京子は、興味のあることが出来ると、 前後の見境もなく、しかもいつも楽しそうに飛んで行ってしまう、 そんな母親の身勝手な振る舞いに、 娘のさよはずっと納得できないでいました。 京子曰く、 「人と人はいつも一緒にいることだけがいいことだとは分からないし〜」 けれど、親に置いて行かれた立場のさよとしては、 「いいことかどうか私は分からないけど、一緒に暮らしたかったの」 というのが正直な気持ちだったのでしょう。 さよは、大学の卒業旅行を兼ねて、 京子が働いているタイのゲストハウスにきたものの、 そこでタイ人のビーという少年が、 まるで京子の実の子供のように可愛がられている光景を見て、 嫉妬したのも無理はないでことしょう。 苛立つさよを、その場所で暮らす人々は、 その場所ならではの空気感で包み込んでいきます。 「プール」や「食卓」という場所は、 うまく言えないことを、少ない言葉数でも伝えてくれる伝達ツールの様。 娘にどんなに罵られても、顔を崩さず素直に接する京子。 天性の優しさを持つ好青年の市尾。 独特な雰囲気を醸し出す笑顔の素敵な菊子。 そして、無垢な健気さが清々しいビー。 さよもタイの美しい自然の中で無理をせずに生きている人たちに囲まれて、 その苛立ちから次第に解放されていくようになります。 そして最後に自分の中に京子と同じ感覚があることに気がつくのです。 この映画の面白いところは、 さよの心の変化は映像としてで表現されていること。 注意深く見ていないと見落としてしまいがちです。 でも見終わった後、ふとこのこと気づく時、 そのさりげない表現がとても強く印象に残ります。 あと「生と死」という 重いテーマも隠し味程度で込められているのが伺えます。 ゲストハウスのオーナーの菊子が余命宣告を受けている人物ですので、 本来、物語としては重くのしかかる感じになるのでしょうが、 菊子は、そんなそぶりを全く見せません。 毎日を拾ってきた犬やネコたちや家畜のブタと楽しく暮らして、 微塵にも苦しみを見せません。 菊子にとって、「プール」は生と死の狭間であり、 生きていることの辛さや死んでいく定めの悲しみを 感じさせなくしてくれる楽園だったのでしょう。 「理由なんて、愛ひとつで充分だ」という本作のコピー。 余計な言葉なんて要らないんだというメッセージがよく伝わってきます。 全般的に、セリフが少ない中で、 登場人物の気持ちを大森監督はうまく捉えていたと思います。 あと役者たちの芸達者ぶりには脱帽です。 やはり、京子扮する小林聡美と菊子扮する もたいまさこの存在感は素晴らしいです。 全体的な雰囲気は「かもめ食堂」や「めがね」と同じ優しい感じですが、 人それぞれが抱える葛藤が静かに伝わってくるので、 内容はかなり重いです。 でも各々の生活していくことを 良い意味で考えさせてくれる秀作だと思います。