2012/04/22 Category : タ行 Torch Song Trilogy 1988 ハーヴェイ・ファイアスタイン原作・主演による映画 「トーチソング・トリロジー」について ニューヨークのゲイバーで働く女装芸人のアーノルド。 そんな彼の半生を、3つの物語に分けて描いている。 ショーの前に楽屋でメイクをするアーノルドの独白で第一話は幕を開ける。 若くない彼の女装した姿は、お世辞にも美しいとはいえない。 けれど、物語が進行するにしたがって、そんな彼がなぜか とても愛おしく思えてくる。それはきっと、 周囲から受けるゲイに対しての無理解や偏見に傷つくことはあっても、 決して卑下することなく生きる彼の姿や、ゆきずりの関係の多いゲイの世界で、 いつも「心から相手を愛した」愛情深い彼がとても魅力的だからだと思う。 第一話は彼とバイセクシャルのエドとの交際が描かれる。 見た目はがっちり兄貴風で優しい気配りを見せるエド。 しかし、アーノルドとの関係を公表したがらないクローゼットなゲイだった。 更に女性の恋人と二股かけていた彼の態度に傷つき、 アーノルドは彼と別れることに。 その後、エドはその女性と結婚する。 第二話は、アーノルドと年下の恋人アランとの恋物語。 アランを演じたのは、爽やかな雰囲気のマシュー・プロデリック。 田舎から出てきた美青年風のアランがそれまでに付き合った相手たちとは違い、 アーノルドはアランをパートナーとして心から愛し、彼もまたその愛に応える。 しかし、2人が養子を貰ってささやかな家庭を築こうとしたその矢先。 買い物を頼んだは良いものの、なかなか帰ってこない、 なんだか嫌な予感がする。 外が騒がしいので出てみると、 血だらけで救急車に乗せられるアランの姿が。 アランはホモフォビアの暴徒たちに殴り殺されてしまっていたのだ。 深い哀しみに打ちのめされるアーノルド。 呆然と立ち尽くした彼の絶望的な表情といったら、 もう言葉にできないくらい。 第三話は、アランの死から7年後。 アーノルドはアランと育てるはずだった養子の高校生のデヴィッド、そして 結局、結婚生活が上手くいかないエドが転がり込んでのほぼ3人暮らし。 そこへ訪ねてくるアーノルドの母親。 ユダヤ人にとって、同性愛は特にご法度。 アーノルドの母親も、息子のセクシャリティーについては 昔から受け入れることができず,当惑や非難を隠すことができない。 愛し合う親子でありながらも、 この点に関しては越えられない溝がある2人の、 アランの死を巡る大喧嘩は、作品中もっとも心を打つ場面でしょう。 アランとの関係を祝福してくれない母に、 彼の死の顛末を話すことができず、 1人で哀しみに耐えてきたアーノルド。 一方、アーノルドがアランを、 父親の墓の傍らに葬ったことを冒涜だと怒る母。 2日間にわたる売り言葉に買い言葉の2人の口論は、激するあまり、 お互いに辛辣極まる言葉を発してしまう。 「お前なんか産むんじゃなかった」と言う母親。 「僕は愛と敬意以外は求めない。それを持たない人に用はないわ。 僕を見下げるなら出て行って。たとえ母親でも」と言うアーノルド。 ゲイであることを恥じずに懸命に胸を張って生きようとするアーノルドと、 そんな息子をありのまま受け入れることができない母親。 息子を愛しながらも、その点だけは目を逸らしたい母に対して、 アーノルドは「子供のすべてを知るのが母よ」と訴える。 結局のところ平行線のまま、 最後までアーノルドを完全には理解してくれなかった母親でしたが、 立ち去る前に、 「アランの死のことを話してくれれば,お前を慰めたのに」と言う母に、 初めてアーノルドは「ママ,彼が恋しいわ」と言う。 それを受けて母親が答えた台詞が忘れられない。 「時が癒してくれるわ。傷が消え去るわけではないのよ。 傷はやがて指輪のように身体の一部になる。 傷があることに慣れてしまう。 忘れるわけではないの....それでいいのよ」 時とともに浄化され、その人の一部となってゆく哀しみの記憶や思い出。 これは大きな哀しみを体験した人、 特に愛する人を亡くした体験をした人にとって、 なんという深い慰めを与える言葉だろう、と感じる。 最後の場面は、母親が去った部屋で、デヴィッドから贈られた曲を聴きながら、 アランの写真と、エドのメガネ、母親の土産のオレンジ、デヴィッドの野球帽を そっと抱きしめるアーノルド。 それらを胸に抱いて幸せそうに微笑むアーノルドは、 彼ら全員を慈しむとともに、 自分のささやかな人生をも、心から慈しんでいるように思えて、 母との大喧嘩の場面とは違った涙が溢れ流れてくる。 たとえ哀しみや悲劇があったとしても、 たとえ周囲の理解が得られなくても、 真剣に愛し、生きた人の人生は美しく価値があるものだ。 そんなことを教えてもらえる、ほろ苦くあたたかい最高の物語だと思う。 そして何より、ゲイに拘らず、 「人生」の本質に迫る深い台詞の数々に感動する作品、 ため息ものである。 PR